2016年07月05日

2016年7月号 「現代社会は奴隷社会か?」

 「 現代社会は奴隷社会か? 」       
 
後藤 進 神父


 1992年コムニタス(障害者と健常者の会)は4Fの障害者の家『コムニタスの家』(障害者グループホーム)を建設した。私はこの会の指導司祭をしており、家建設のためにも関わったが、行きがかり上この家に入って、障害者の人たちと一緒に住むことになった。この家を円滑に運営して行くためである。勿論、わたしは司祭として大阪教区から給与をもらっており、この家で働いても給与をもらう必要がなかったという意味合いもあった。この家の1Fを障害者作業所とし、地域の障害者も受け入れ、『コムニタス工房』と名付けた。大阪市は障害者グループホーム、障害者作業所に運営補助金を出しており、それを頂戴することになった。大阪市としてはその補助金で人材を雇って上手に運営して行きなさいの意味である。そこで私も人材を雇用することになった。
 初めての人材雇用の経験である。人を雇うということについて色々と考えさせられた。その人が若者であれば、世間の相場ということもあるが、その人の生活が成り立つように、将来結婚して家庭を持ち生活していけるように、昇給の事、ボーナスの事など、考えなければいけない。既に働いていた人であれば、給与明細を見せてもらって、今までどおりの生活が可能なように考えて差し上げなければならない。健康保険、失業保険や労災保険などの労働保険の事、さらに従業員が年配者となった時のことを考え厚生年金保険の事なども当然ことと考え、労務士さんの協力も得て、まず雇用規則を定め、給与は月給制とすること、有給休暇、ボーナス、残業手当の事などを決め、次に税務署に事業所として登録し、厚生年金保険・健康保険・労働保険にも加入した。事業所として毎月、給与から労務士さんが計算してくれた健康保険・労働保険・厚生年金保険料を差し引いて、さらに事業所負担分を合わせて、それを扱う国の地方出先機関に収めねばならない。零細事業所の経営者としては毎月のその作業が結構な負担であったこと、さらには健康保険・労働保険・厚生年金の事業者負担分が大変な高額になり、これをずっと支払い続けて維持することの困難さをたっぷりと味わわされた。
 そんなことから十年以上も経てから、私が再び教会で働き始めた頃、ある信徒の方の息子の結婚式の依頼を受けた。息子は信徒であるが相手は信徒ではない。結婚講座のために来てもらい、二人と色々話してみると二人とも気持ちの良い二十歳代の青年である。二人共が兵庫県の地方都市の中学の教員をしており、驚いたことに非正規雇用の教員であったことである。私は聞いた時、市や市教育委員会が教員をそんな風に雇用していることに驚いてしまい、何を考えているのかと腹が立った。そもそも人を育てようという発想があるのか、将来家庭を持つ立派な教員を育てるのだという発想があるのか。そもそも人を雇用するとはそういうことではないのか。子供を育てている現場にそういう思想がないことに愕然としてしまった。二人は共働きであり、失敗を起こさなければ毎年雇用を更新してくれることに期待をして結婚すると言う。
 近年、雇用者の4割が非正規雇用だという。もはや社会の一員として雇用者を育成しているという発想はない。その結果、格差社会である。差別社会であり、旧約聖書が神の言葉として警告する奴隷化社会である。こんなことが許されるのだろうか?
posted by カトリック明石教会 at 14:19| Comment(0) | 巻頭言