2016年09月13日

「2016年、9月に想うこと。」

「2016年、9月に想うこと。」
                     神戸西ブロック担当司祭 申 繁時
このたび、4月から神戸西ブロックに派遣されました申繁時(シンシゲトキ)神父です。今回も皆さんと少しばかり分かち合いたいと思います。私たちは、毎日の生活を(この暑さの中で)しっかりと自分自身を保ちながら生活しています。その生活は国の文化を重んじながら、秩序をもって、人間らしく生きていることが大切かつ重要に感じながら歩んでいることです。                                     そして、大自然とも大きく関わって生きています。太陽の光を浴びて、雨の恵みをいただき、時には大自然の驚異(最近は災害を身に感じることが多いですが)を感じながら、自分自身の生活とも照らし合わせて日々の生活を歩んでいます。つまり、等身大の自身のままを通して生きていきます。 と同時に、大事に感じていることは、「こころ」を大切にすることです。このこころをもって、人間として人間関係を保ちながら生きています。だからこそ「人間である」と言えることでしょう。そして、全身全霊を満たしながら、心身を傾けて良き生涯を送ることとなります。(少し哲学的になり理解しにくいかもしれませんが。すいません)                                      ここで、私たちキリスト者は上記の部分をすべて理解しながらも、もう一つを大切にします。それは生涯を「神さまにすべておまかせする」ことを、第一の願いと望みとして生きたいとすることです。ここに、キリスト者がキリスト者として生きる意味があります。大切なのは、「おまかせするこころ」です。                      決してキリスト教は難しく難解でも困難なものでもありません。もし難しく感じたり、困難と思うことがあるとすれば、それはこころを大切に感じられないときではないでしょうか。こころを豊かにすることを望んで生きようとすれば、必ずこころは豊かに成長します。こころを大切に感じなければ、困難で、苦しい生き方がやってくることがあります。人生は楽しく、豊かで、いつも喜んで生きることができるはずです。なぜならば、「すべては恵み」だからです。ひとの人生そのものが、神さまの恵みだからです。あきらめないで、こころを育てることをいたしましょう。小さなささやかなことに恵みを見つけて、喜んで生きましょう。
「私は静かに神を待つ。私の救いは神から来る。」(詩編62)
posted by カトリック明石教会 at 12:35| Comment(0) | 巻頭言