2017年02月04日

2017年2月号 『福音の喜び』を読む 9』

『福音の喜び』を読む 9』
橋聡
 現代の世の中の危機についての叙述をつづけながら、教皇様は、貨幣崇拝と人間性優位の否定を指摘されています。「真に人間的な目標を欠く、貨幣崇拝と顔の見えない経済制度の独裁というかたちで、古代の金の雄牛の崇拝が、新しい、冷酷な姿を表しているのです」。少数の人の莫大な利益と多くの人の貧しさとの不均衡が生み出されている現代の経済至上主義の背後に、倫理の拒否と神の否定が潜んでいると指摘されています。そして、「富むものは貧しい人を助け、敬い、励まさなければならない」と言われます。経済や金融に「倫理」を取り戻さなければならないということです。
 また暴力の原因の一つとしてこの格差のことを取り上げられています。安全が求められているにもかかわらず、「しかし、社会や人々の間での排除と格差とが取り除かれないかぎり、暴力を根絶することは不可能でしょう」。「これは、排除される人々の暴力的な反応を格差が引き起こすことだけにではなく、社会システムと経済システムがもともと不正だということに起因するのです」。不正な社会システムの背景には、不正を行う人、不正な差別や格差を放置し続ける為政者の不作為やあるいは悪意、それと関係すると思われる汚職や賄賂・献金・見返り、またそれを支える民衆の熱狂的・積極的同意やあるいは消極的黙認という問題が横たわっているのではないかと思われます。「善がおのずから広まる傾向にあるのと同様、悪への同意、すなわち不正は、有害な力を拡大し、どんなに堅固に見える政治社会システムであっても、それをひそかに根底から覆すのです。」ここで教皇様は悪しき社会システムの力の背景に、「悪への同意、すなわち不正」が関係していることを教えておられると思います。
 この暴力はさらに、軍備拡張競争に発展していきます。そして、「周知のとおり、武器と暴力による鎮圧は問題を解決するどころか、新たにいっそうひどい紛争を引き起こしてしまいます」。
 私たち一人一人の「悪への同意、すなわち不正」が、積み重なっていくことによって、社会の不正、暴力、そして戦争へと傾いていくことがここには描かれているとも言えるのではないでしょうか。
posted by カトリック明石教会 at 12:51| Comment(0) | 巻頭言