2017年10月02日

巻頭言 10月号         池長大司教

 
8月の終わりから9月のはじめにかけて、大阪教区の司祭の黙想会があった。
 
この黙想会のために、イエズズ会の平林神父様が指導をして下さった。
上智大学で教父の教えを講義しながら、四谷のイグナチオ教会でも司牧をしておられる。黙想のための講和を聞いていても、神学的な知識の深さや豊かさが感じられる。私もさまざまな示唆を頂いた。やはり、淡路島の教会で働いていると、世の中の動きも教会の中の出来事も、つい疎遠になってしまいがちになる。その点からも、平林神父様との出会いは、非常に助けになった。
今回の場所は梅田教会であったが、いわゆる黙想の家と比べると、神様と静かに一対一で向き合うためには、やや難しかったと言えるかもしれない。自室がハートンホテルの部屋であったので、黙想の家の個室と比較すると、少し座って黙想するためには、普通のホテルの部屋の床に正座することになり、何となくしっくりしないものがある。けれども、ゆっくり個人的に祈れる時間があり、日常あわただしく過ごしている者にとって、喜ばしい時を持つことができた。雑ごとに振り廻されることなく、もっぱら神にのみ向かう時が持てるということは、司祭にとって、この上なく貴重な時である。
霊的にリフレッシュできて、とてもよかった。司祭にはこのような時が必要である。

posted by カトリック明石教会 at 16:31| Comment(0) | 巻頭言