2014年10月30日

2012年12月号「イスラエル巡礼 」

2012年12月号
           イスラエル巡礼                           
司祭:春名 昌哉

 11月8日から16日までイスラエル巡礼に行ってきました。私にとって初めての聖地巡礼で心待ちにしていました。子供の頃から聖地については司祭や両親から話を聞いたり、本を読んだりして一度は行ってみたいと思ってました。今回、このような機会が与えられたことは本当に喜びでした。

テルアビブに到着してカルサリア、カルメル山、エリコ、死海、エルサレム、そしてベツレヘムと巡礼しましたが、最初の3日間は雨が降るあいにくの天候でした。しかし雨期を迎えたイスラエルの人々は私たちに「あなたたちは祝福されている」と言ってくれました。旧約聖書は雨を神からの恵みとしています。乾期の半年間雨が一滴も降らないイスラエルにとって、雨期を迎えて雨が降るということは本当に素晴らしい恵みなのです。聖書に書かれていることばを実感することができました。

今回の巡礼で最も印象に残っているのは、聖墳墓教会のキリストのお墓の祭壇でミサをささげることができたことです。まさにキリストの死と復活の場所であり、私たちの信仰の原点です。そこでミサをささげることができたのは本当に大きな喜びでした。

イスラエルを訪れて感じたことは、これまで平面だった聖書の世界が立体化してきたということです。文字の上での、あるいは地図の上での知識はあっても、それは平面的なものにすぎません。キリストが実際に生きられた地を訪れるということは、文字や写真や地図では感じられない景色、息吹き、においを実感するということです。それまでは平らな世界であったものが、形になったと感じています。キリストが感じられた風、においを実感することで、私の聖書に関する思いもより深くなったように思います。

私たちがイスラエル滞在中にガザ地区での空爆が始まりました。また尊い命が奪われる事態が起こっています。11月22日に停戦合意は結ばれましたが、今後どのようになるかまだ予断をゆるせない状況が続いています。これ以上争いが続くことなく、人々が平和のうちに共存していくことができるように祈りましょう。




posted by カトリック明石教会 at 23:59| Comment(0) | バックナンバー2012年

2012年11月号「偉大な宣教師クレニュー神父様」

2012年11月号
              偉大な宣教師クレニュー神父様                       
司祭:松浦 謙

  クレニュー神父様と出会い、明石教会の司祭館で1年3ヶ月一緒に生活しながら働けたのは大きな恵みでした。神父様は1950年5月28日に司祭になられ、その2年後に日本に来られたのですから、いずれもわたしの生まれる前でした。それ以来、クレニュー神父様はパウロのことばのように「走るべき道のりを走りつくした」のであり、忠実な神の僕として今は天国に迎え入れられたと確信します。

クレニュー神父様はすばらしい愛にあふれた宣教師でした。食事をする前にいつも一緒にお祈りしましたが、誰かが亡くなったり、病気になったときなど神父様はその人のために必ず祈られました。とりわけ求道者のために度々祈られました。信仰に導かれますように、天の父の愛に生きるものとなるように・・と。自分の国と故郷を離れ、日本に来てくれた宣教師の心を改めて感じました。お年を召されたので、多くの宣教司牧の仕事は無理でしたが、毎日のミサを欠かさず捧げ、また夕食前に必ず聖堂に行かれ、黙想しておられました。寒い日もジャンパーを着て聖堂の片隅に長く座っておられる姿を思い出します。

食事のときにフランスワインを飲むのが好きで、「飲みますか?」と聞かれ「ええ頂きます」というと、うれしそうなお顔でいそいそと倉庫からぶどう酒を持ってきてくださいました。コルク栓を抜いて「どうぞ」と。その後、「では、わたしもおゆるしをいただいて・・」とおっしゃってご自分のグラスに。いかにもフランス人らしいユーモアを示してくださいました。朝食のとき、わたしが二人分のコーヒーを作るのですが、いつも必ず「これ、頂いてよろしいですか?」と尋ねてから飲まれるのです。本当に遠慮深い方でした。ご自分にはとても厳しく、司祭のつとめを本当に熱心に果たされました。

石井病院に入院中、教会のできごとや信者さんたちの様子を話すと、「わたしは怠けてしまっている」といわれ、こちらが恥ずかしくなるほどでした。病床で聖体を受けることは出来ませんでしたが、病者の塗油の秘跡・ゆるしの秘跡にあずかられ、2ヶ月以上の闘病の生活を立派に神様におささげになりました。結局7月20日の朝ミサが最後になりましたが、今は天の国の永遠の宴のよろこびにあずかっておられることでしょう。

私にとって司祭の生き方の良い模範でした。感謝の気持ちで一杯です。神父様のまかれた種が豊かに実るように、願い、宣教のつとめを果たしていきたいと思っています。

posted by カトリック明石教会 at 23:57| Comment(0) | バックナンバー2012年

2012年10月号「はじめまして 」

2012年10月号           
                     はじめまして                         
助祭:松永 敦


  初めまして。コンベンツアル聖フランシスコ修道会の助祭松永敦と申します。生まれは大阪市で、育ちは三重県の名張市です。幼児洗礼で洗礼名はステファノです。趣味は美術鑑賞とジョギングです。美術を通して信仰を深め、また宣教にも活かせることができればと考えています。昨年度は西宮市にある仁川学院高校で宗教科を担当しながら、仁川教会でも実習させていただいていたので、神戸には何度も来たことがあります。明石には、高校の研修会が市民会館であったので、一度訪れたことがあります。この神戸西ブロックではできるだけたくさんのことを学びたいと考えています。

今回、自己紹介ということで何を書こうか迷ったのですが、私の召命について書かせていただきます。
私が司祭への道を歩むきっかけを与えてくれたのは熱心な信者だった祖父です。

「敦。司祭にならないか。お前はむいている」。どういう話の流れだったのか覚えていませんが、高校1年生だった私に祖父がそう言いました。当時は生涯独身なんて考えられなかったですし、ましてや聖職者のような徳の高い人格者になれるはずがないと思っていました。そういう訳で、その時は丁重にお断りしたわけですが、その祖父の言葉は私の心に糧として残り、司祭や修道者という生き方に興味を持つようになりました。

歳月が過ぎ、20代前半。大阪に引っ越した私は故郷の名張教会から阿倍野教会に信者籍を移しました。阿倍野では初めて訪れた日からウェルカムな状態で、ホスピタリティあふれる教会の姿に感銘を受けたことを今でも覚えています。そして、阿倍野では信者の方々、特に青年達と仲良くなりました。教会に行けば誰か友達がいましたし、楽しかったので、やがて入り浸るようになりました。そんな中で神父様に司祭にならないかと声をかけられ、司祭になってもいいかなと思うようになっていきました。しかし、志願してから叙階するまで長い道のりだと聞いていたので、ふんぎりがつきませんでした。そこで、当時の主任司祭だったミケランジェロ神父様に相談に行きました。そこで仰って下さったことは「司祭の道も冒険だよ」というお言葉です。冒険ならば様々な出来事も起こりうるし、最終的なゴールに辿りつく確率も低いので、仮に途中であきらめても納得がいくと思うようになりました。そして、この道を歩む決心をしました。

以上が、私の召命の話です。まだ助祭ということで司祭にはなっていませんので、これからも主の道をまっすぐ歩んでいけるように、お祈りしていただければと思います。また。司祭の数が減少していくなかで、一人でも多くの召命が生まれるようにお祈りしていだければと思います。

それでは、この明石教会の信徒の皆様、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 
posted by カトリック明石教会 at 23:56| Comment(0) | バックナンバー2012年